クリーランドWP
午前9時前にホテルを出てみると、空はどんよりとした雲に覆われ、気温は16℃ぐらいで肌寒かった。この天気だけでも、昨日予定を変更したのは正解だったような気がした。
まずはトラベルセンターに行くことにした。バスのチケットを購入するためだ。カウンターの前に2、3人いて、その後に並んだ。僕の番が来て、デイトリッパー・チケットを求めたのだが、カウンターの女性係員に動きが見られない。すると、「…は?」と何やら僕に言う。「…って何?」って聞き返したら、「トラベラーですか?」と聞いたので、そうだと答えた。すると、笑顔で6.4ドルだと言った。実は「…」とはIDカードのことで、オーストラリアの住人は皆持っているようである。何と呼ばれていたのかは忘れてしまったが、皆チケットを買う時には、写真付きのカードを見せていた。お金を払うと、チケットを渡してくれ、親切にそのチケットの使い方を教えてくれた。デイトリッパー・チケットとは1日乗り放題の券で、バス以外にもメトロとトラムにも乗れる。クリーランドWP以外にも何処か行くかもしれないと思い、その券を買うことにしたのだ。値段も安く、旅行者にとってとても便利な券である。
カーリーSt.に出てバス亭に向かって歩いていると、丁度No.164Fバスが出て行くところだった。乗り損なってしまい、持っていた時刻表で次の便を確認すると、約30分ほど後だった。ただバス亭でじっと待つのも面白くないので、朝の散歩をすることにした。カーリーSt.からK.W.St.を横切ってグレンフェルSt.に出る。カーリーST.とグレンフェルST.の二つの通りは(K.W.St.を挟んで1本の通りである)バス路線が幾つも重なりあっていて、バスの往来が多い。なので、路線別に停まるバス亭が分けられており、それを知るためにも、トラベルセンターで貰った 地図付き時刻表が役立つのである。それには、時刻表と停まるバス停の番号が書いてあって、裏には、その番号の記された地図があるのだ。アデレードが初めてであっても、迷うことなくバスを利用出来るのである。個人旅行にはとてもありがたいサービスだ。ぶらぶらと目的もなく通りを20分ほど歩き、グレンフェルSt.のG2(City, Grenfell St)バス亭に行った。
クリーランドWPに行く時の乗換え場所である24A(Crafers Park'n' Ride)には、164F以外にも、163、163F、164、165、165M、166、T163で行ける。その違いはルートが少し異なっていたり、停まるバス停の数の違いである。ちなみに、164(F)、165Mはハーンドルフと言う、ドイツ移民の作った町まで行ける。ドイツの田舎町を思わせるような可愛い町だそうである。
No.166バスが来たので乗り込んだ。バスは床が低く、障害を持つ人たちのことも考え設計されていた。僕は窓側に座って、ショート・トリップを楽しむことにした。アデレードはレストランが多く、オーストラリアでも食の街として有名だそうである。しかし、Cityを見る限り、それほどには感じていなかった。しかし、バスが中心部から離れるに従って、ふとした通りの角や、住宅地の中にレストランやカフェがあり、なるほどと思った。どれもお洒落な雰囲気で入ってみたくなる。グルメ目的で探索するのなら、きっとCityよりも、郊外に美味しい店があるのではないかと思われる。アデレード、なかなかどうして、奥が深そうである。
南極の氷が溶けるためどのくらいの時間がかかるん
路線バスなど、土地の人たちの利用する交通機関で移動するのが好きだ。そこで生活する人たちと同じ空間にいることで、何と言うか、楽しいと一言では言い表せない、満足感とも充実感とも似たものがある。もしかしたら、僕が旅する上での重要な部分のような気がする。与えられた情報などではなく、感じること、それが僕の旅なのかもしれない。
バスはハイウェイに入り、幅の広い道をしばらく走ると、乗換え地点の24Aに到着した。降りたのは、僕を含め6人だった。バスを降りてみると、風が冷たい。アデレードよりも2℃ほど低いような気がした。パーカーのポケットに手を入れてバスを待つがなかなか来ない。しばらくすると164Fバスがやって来て、さらに4人増えた。そこに、ようやくNo.823バスがやって来て、僕らはそれに乗り込んだ。そこでパンフレットに164Fと書いてあった意味が分かった。823は164Fに合わせて運行されていたのである。
バスはハイウェイを離れ、森の中の坂を登る。この辺りはアデレードの東部から東北部に広がる丘陵地帯でアデレードヒルズと呼ばれている、その一部である。ハーンドルフもまたそうである。バスはMt.ロフティの頂上にまで上がって停車した。運転手のアナウンスがあり、10分後に出ると言う。山頂から見る眺めなどを楽しんでもらおうと言う、粋なバス会社の計らいである。先にはレストランやお土産屋のある小奇麗な建物があり、そこを抜けると展望台があった。Mt.ロフティ・サミットの展望台はアデレードで一番高い場所にあるそうだ。そこからアデレードやその先の海までが見渡せる。しかし、その日はあいにくの曇りで、その景色もくすんで見えた。展望台の脇から伸びる道があるのを見つけ、その入口のプレートを見ると、トレイルコースがあるようだった。ここからクリーランドWPにも歩いて行けるようだ。歩いてみたかったが、どれ程の時間が掛かるか分からないし、まずはWPに行きたかったので諦めた。そして、10分後にバスは出発し、坂を下ってクリーランド・ワイルドライフ・パークに着いた。クリーランドWPは森の中に馴染むように溶け込んでいて、なんとも良い雰囲気だった。
エントランスのカウンターで入園料を払う時、女性の係員が餌はどうかと聞くので、一袋買うことにした。別に必要は無かったのだが、その明るい笑顔についYesと言ってしまった。貰った餌を見ると、緑色の円柱型をした固形飼料で、動物達の健康を考えたものだった。一緒に貰った公園内の地図を書いたパンフレットを拡げ、どっちに行こうかと考えた。そして、左に進むことにした。少し行くと、柵があった。扉を開けて中に入る。柵に囲まれたスペースはかなり広かった。ぐるりと周りを見渡して感じたことであるが、この公園は、森の一部を柵で切り取ったような感じである。あくまで自然の環境そのままに在ると言うようなものだった。入ってすぐ出合ったのは、ケープ・バレン・グースだった。このガチョウは明るいグレーの体で、鼻腔の周りが鮮やかなライトグリーンだった。オーストラリア南部に生息している。まずは試しにと言うことで、一眼レフを取� ��出して、カメラを向けた。実はこの時、僕は大失敗をやらかしてしまっていた。それに気付くのはずっと後、帰国してからのことだった。それは何かの拍子に、パノラマ撮影に切替わっていて、それを知らずに取り続け、結局、現像してみて初めて分かったのである。なので、カンガルー島で撮った写真以外は、とても使えるものではなかった。残念である。普通に撮れていれば、写真集ももっと充実できたのにと悔やまれたが、後の祭りである。そのショックはかなり痛く、これをきっかけにデジタル一眼を買うことにした。やはり、その場でチェック出来るし、失敗すれば削除しさえすれば良いからね。現像してみなければ分からないフィルムの楽しさもあるが、36枚フィルム4本を無駄にしてしまったショックには勝てなかった� �である。
どのようにカピバラは、それ自体を保護しない
木々が疎らに生えている奥の方で、女子学生が何人かいて、カンガルーに餌をあげているようだった。近付いていくと、カンガルーは結構いた。学生の差し出す手から、餌をもらって食べている。その様子を見ていると、自然に微笑が浮かぶ。そこにいたカンガルーはカンガルーアイランド・カンガルーだった。とは言え、パンフレットに書いてあったので分かるが、カンガルーの種類を見分けられるほどには熟知している訳ではない。カンガルーは思っていた以上に大きく、背丈にして130cm前後あるかと思われた。太く長い尻尾、両足で跳ねる姿など、初めて見た人はきっと驚いたことであろう。他の大陸には全くいない動物なのだから、それこそ異世界の生き物のように感じたかもしれない。繁殖期にはオス同士で戦うこともあるが、その性格は穏やかである。だから、このように一緒にいられるのである。動物たちと同じ空間にいるのが、しみじみと嬉しく感じられ、ここに来て良かったなと思った。
その奥にはまた扉があり、そこにはスワンプ・ワラビーがいて、更に奥の一角に、タスマニアン・デビルとウォンバット、そしてエキドナがいた。エキドナはハリモグラとも呼ばれているが、お椀を被せたような、まん丸の体がとても可愛い。チューブのように伸びた口先には鼻腔がある。カンガルー島で野生のエキドナを見てみたかったのだが、それが叶わなかったので嬉しかった。とは言え、やはり自然の中で偶然出会うのとは訳が違う。その感動は雲泥の差である。
元いた場所に戻ると、女子学生たちはまだいた。彼女たちの着ている制服は、基本的に日本の学生の着ているセーラー服と同じである。違いはスカート丈の長さぐらいだ。とは言え、アデレードで、ミニを着ている子も見かけたので、そうしなければならないと言う訳ではないのだろう。彼女たちのスカート丈は、日本とは逆に足首まで届きそうなぐらいに長かった。とは言え、以前日本で流行った、反抗期をそのまま絵にしたような、ロングスカートの女子高生と言った雰囲気はない。だらしなく着崩すこともなく、皆清純そうに見えた。
同じ敷地内にはダマ・ワラビーもいて、彼らに餌をあげてから、先ほどと反対方向に進んだ。遊歩道の続く先に扉があり、そこから違う区画になる。そこは木が生い茂り、オーストラリアの森の雰囲気である。ここには小動物がいるらしいが姿は見えない。自然のままの環境なので、所謂動物を見せるための動物園とは訳が違う。それが逆に嬉しい。ゆっくりと目を凝らしながら歩く。少し先に、親子が立ち止まって何かを見ている姿があった。僕は静かに近付いていくと、親子の見ている先に小さな生物の姿が見えた。ネズミみたいな生物である。しばらく見ていると、さらに小さな子供が現れた。何とも可愛らしい姿である。ネズミのようであるが、よく見ると尖った口先で、体 は全体的に丸っこい。尻尾はネズミのように長いのだが、前足は後ろ足ほど大きくなく、小さく跳ねるように移動する。パンフレットを見るとベトンと書いてあった。ベトンも有袋類で、日本名ではフサオネズミカンガルーと言う。パンフレットにはそれ以外に、ポトルーとバンディクートも載っていたが(これらも有袋類の仲間である)、それらの小動物を見ることは出来なかった。でも、彼等の生活環境そのままを、そうやって見せることに深い感銘を受けた。確かに動物を見られないことの方が多かもしれないが、それが自然な姿であるし、またその中で見つけた時の感動も大きい。この公園の考え方、運営の仕方は本当に素晴らしいと思う。
どのようにアイアイ適応ません
次のエリアには大型の鳥であるエミューと、ウェスタン・グレイ・カンガルーがいた。向こうで、3歳ぐらいの女の子がカンガルーに餌をあげていた。お母さんとお婆さんが、それを優しく見守っている。なんとも心が休まる光景である。女の子は、カンガルーが自分と同じぐらいの大きさにも関わらず、全く恐怖心を見せていない。むしろ、嬉しそうな表情で抱きつかんばかりに思えた。子供の頃から、そうやって動物と触れ合うのはとても良いことだと思う。アデレードの人たちが優しいのも、きっと子供の頃から自然や動物と触れ合っているからなのかもしれない、そんな気がした。
その後、イエローフッテッド・ロックワラビーを見て、ブッシュ・バードと呼ばれる網で覆われた施設に入った。そこには森の小鳥たちが放たれていて、その中で彼等を見るのはとても楽しい。紅雀や美しい羽の鳩、小柄で可愛いムシクイ、ウズラもいる。一体何種類いるのだろう。僕は小鳥の囀りを聞きながら、しばらくそこで過ごした。
次のエリアに向かっていると、思いがけず、草むらからポトルーが現れた。ここの動物達は、人間が危害を加えないのを分かっているようで、驚かさないようにしさえすれば逃げたりしない。僕はカメラを向けていると、向こうから人がやってきた。僕は彼等にポトルーがいるのを、指を指して教えた。彼等は立ち止まり、微笑を浮かべて、その小動物が草むらに隠れるまで一緒に見ていた。「良い写真は撮れた?」と聞くので、「勿論」と笑って答えた。
その先にはコアラが飼育されているエリアがあった。しかし、それは自然のままと言う訳ではなく、僕らが見えやすいように低い位置で彼等を見られるようになっていた。個室のように仕切られ中に、コアラが1匹から3匹ほどいた。もこもこして本当に可愛い。その顔は微笑んでいるように見え、それを見ていると、自然と微笑が浮かぶ。コアラを見て可愛いと感じるのは、人間の生得的な特性からくるものである。コアラの体型は、丸みを帯びた幼児体型に似ている。多くの動物の子供が持つ特徴そのものを有しているのである。なので、僕らはコアラを見て可愛いと感じるのだ。その特性をものの見事に商用に仕立て上げたのは、ディズニーであろう。そして今では、多くのアニメのキャラクターがその特性を持って生まれ続けている。
その後、水辺に棲む鳥たちのいる場所を見た。池にはペリカンや鵜、トキの仲間もいた。網で覆われた一角には、ヘラサギやキングフィッシャー(カワセミ)の仲間、インコなどもいた。ぐるりと回って出た先に、別のコアラの施設があった。そこでは、午後2時と4時にコアラを抱いて写真を撮れるらしかった。別段、興味が沸かなかったので次のエリアに進んだ。
ディンゴと言う動物を知っているだろうか? 先住民(アボリジニ)がこの大陸に連れてきた犬が野生化したものだと言われている。その動物もまた、このWPに1匹だけいた。初め見た時、それは大型の日本犬(秋田犬や紀州犬)にそっくりで、そこに居ることに違和感があった。彼は係員の入って来る扉の前に伏せたままでいた。見物人は一段高くなった橋の上から見られるようになっていて、覗いてみると、ちょっとこちらの様子を伺ったものの、目を閉じてしまった。囁くように声を掛けてみるが反応はない。僕は余所見をするように、ちょっと遠くを眺めてみた。そして、さっと彼を見ると、上目遣いで僕を見る彼と目があった。僕が微笑すると、彼は素知らぬ振りをして、また目を閉じた。僕は彼の背中に「さよなら」を言っ� ��そこを離れた。
カンガルーの仲間で一番大きいレッド・カンガルーは、確かに大きく、オスは人間の大人ほどもある。大きいものは2mにもなると言う。横になっている姿は、さながら横になってTVを見ているオヤジのようである。メスはさほど大きくなかった。しかし改めて、カンガルーの仲間には色々な種類がいるのだと感じ入った。
その先に進むと、オオトカゲのいるプールとタスマニアン・デビルのいるプールがある広場に出る。そこで、公園を一周してきたことになる。僕はビジターセンターには戻らずに、もうしばらくこの公園にいることにした。
結局クリーランドWPを出たのは、最終バスの出る午後4時20分だった。公園自体は午後5時までやっているのだが、交通手段がなくなるのである。正味5時間ほどいたことになるが、とても楽しく満足できた。気軽にオーストラリアの動物を見て、触れ合うことが出来るので、お奨めである。公園の自然や動物に対する姿勢も共感できる。もしアデレードに行くことがあったら、行ってみると良い。とは言え、やはり自然の中で出会う野生動物との感動とは、全く別物である。
アデレードに着いたのは午後5時になった頃だった。WP以外に行くことが無かったので、結局デイトリッパー・チケットを買わなくても 良かった訳である。しかしチケット自体安いこともあるが、チケット料金と、入園料12ドルを加えても、20ドルにも満たなかったので、半日ツアーの47ドルを考えると得した気分であった。しかも、帰りの時間に制限はあるものの、自由に見て歩いて感じられたことで、僅かなチケット代の差額など全く気にもならなかった。むしろ、このチケットは旅行者にとって、なかなか便利なものだと思った。何しろ、1枚のチケットで1日中バスが乗り放題なのだからね。
その日の夕食も、Take awayして、部屋で取ることにした。ハインドリーSt.の中程に、ステーション・ アーケード(確か、そんな名前)と言うアーケードがある。アーケードを進んで行くとエスカレータがあって、地下に降り、その先に進むとアデレード駅がある。実はそのエスカレータから駅までは、ノース・テラスと言う名前の道路の下を通る地下道だった。
そのアーケードに入ってすぐ、中華のデリがあった。肉や野菜の炒め物や、あんかけ料理、肉団子や春巻きなどの入ったショーケースを見ていたら、「いかがですか?」と声が掛かった。ふと顔を上げて声の主を見ると、とても可愛らしい華系の女の子が笑顔で立っていた。思わず心がドキンとなったね。絶世の美人と言うわけではなく、普通の、ちょっと街で歩いていたら出会いそうな感じなのであるが、実際にはなかなかいないと言うような(何言ってんだ?)、そんな感じの娘である。僕は思わず頷いたね。それからショーケースの中身と、後方に掲げられてある写真付きのメニュを眺めて、メニュにある、鶏の骨付き腿肉がまるまる1本入ったチキンライス(名前は忘れました)を貰うことにした。初め、書かれている英語を言っ� ��みたのだが、通じない。彼女が横に書かれた番号を言ってと言ったので、その番号を言ってみるのだが、それもなかなか伝わらない。何度か言うと、横にいたベテランそうな女の子が、彼女に中国語で教えてあげた。その様子から、どうやら彼女はそれほど英語が得意ではないように思えた。(こちらの英語も同じようなものだが…)それに、その仕草や様子から 、アルバイトを初めて間もないと言う感じを受けた。しかし、それがまた初々しくて可愛いと感じるのだから、僕の方も好い気なもんである。人間とは感情の動物なのだ。料理を奥の厨房で作っている間に、春巻きを2本、追加した。肉と野菜の2種類があると言われ、それぞれ1本ずつ貰うことにした。これは、なんとか通じたようだ。とは言え、ちょっとぎくしゃくしていたけどね。
5分ほどして、タッパーに温かな料理が入れられて持ってこられ、それと一緒に春巻きも袋に入れられた。「Thank you」と手渡す彼女の明るい笑顔が、キュッと僕の心を突っついた。
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